佐賀の伝統工芸手織り佐賀錦
手織佐賀錦の歴史
その起源は江戸時代にさかのぼります。諸説はあるものの、病に伏した鹿島鍋島家9代目藩主夫人が、天井の網代(あじろ)組みを見て思いついたと伝えられています。
当時は和紙を細く切った紙縒(こより)や木綿糸を組んで織っていましたが、歴代の藩主夫人により工夫改良され、和紙と絹を組み合わせるという雅びな技法が確立されました。
鹿島錦には明治初期に一時中断されるという不遇の時代がありました。その危機を救ったのが佐賀出身の大隈重信候で、東京の旧華族の間で再興したところ大変評判になったと言います。明治43年には、日英大博覧会へ「貴婦人の製作品」として出品され、“日本手芸の極致”と称賛を浴びました。この博覧会出品をきっかけとに「佐賀錦」と呼ばれるようになり、一般的にも佐賀錦の名称が使われることが多くなりました。
受け継がれる伝統
平成5年に伝統的地場産品として指定を受け、その普及と振興のために佐賀錦振興協議会が設立されました。
同協会は後継者育成のために毎年「初心者講習会」を実施し、現在160名を数えます。伝統的な技術を引き継ぎながらも、現代的な感覚で斬新な紋様や色使い等、伝統工芸の継承・普及に励んでおります。
一日に数センチしか織り進めることができないという緻密な作業
佐賀市歴史民俗館
The Saga City Cultural Museum

